世界のトップパフォーマーを触発してやまない著作。- 古典としてのヘッセ著『シッダルタ』。 / by Jun Nakajima

Tim Ferrissの著書『Tools of Titans: The Tactics, Routines, and Habits of Billionaires, Icons, and World-Class Performers』。

本書は、Tim FerrissのPodcast番組をベースに書かれている(編まれている)。
Podcastは、世界のトップパフォーマーたちを脱構築し、方法、ルーティン、習慣、読書などを紐解いていく番組である。
毎回(毎週)、1時間から2時間半もの、内容の濃いインタビューが繰り広げられる。

その内容の濃さを、さらにエスプレッソのように濃縮されたのが、この本である。
濃縮されて、700頁ほどに収められている。

世界のトップパフォーマーには、起業家、著者、スポーツ選手、コーチ、アメリカ海軍特殊部隊、エンターテイナー、コメディアンなどが含まれる。
本書の序文を書いているArnold Schwarzeneggerも、その一人だ。

インタビューの中で(また本書の中で)、Tim Ferrissは、トップパフォーマーたちに、彼(女)らに影響を与えた本、薦める本を尋ねる。

たくさんの本があるが、多くのトップパフォーマーたちが挙げるのが、この一冊である。


● Hermann Hesse『Siddhartha』(ヘルマン・ヘッセ『シッダルタ』)
 

Tim Ferrissは、この書『Tools of Titans』の方向性が、ヘッセ著『シッダルタ』に触発されていることを書いている。

彼が、とりわけ挙げている場面は、物乞いのような僧である主人公シッダルタが、ある商人に「(何も所有しない)あなたが、私に何を与えてくれるのですか?」と聞かれて、応答するところである。
 

MERCHANT: “Very well, and what can you give? What have you learned that you can give?”

SIDDHARTHA: “I can think, I can wait, I can fast.”

Hermann Hesse『Siddhartha』
 

シッダルタは、「私は考えることができる。待つことができる。断食をすることができる」と応答する。
それを聞いた商人は、功利主義的に「それが何の役に立つのか?」と聞き返し、シッダルタはさらに応答するといった場面だ。

Tim Ferrissは、これら「I can think, I can wait, I can fast.」の3つの点で、『Tools of Titans』が読者に役立つだろうと、書いている。

彼は、これら3つを、次のように、自身のために読み替えている。


“I can think” -> Having good rules for decision-making, and having good questions you can ask yourself and others.

“I can wait” -> Being able to plan long-term, play the long game, and not misallocate your resources.

“I can fast” -> Being able to withstand difficulties and disaster. Training yourself to be uncommonly resilient and have high pain tolerance.

Tim Ferriss “Tools of Titans” (Houghton Mifflin Harcourt, 2016)
 

「古典」は、読む人たちそれぞれに、読む人たちそれぞれの人生のテーマと深さに応じて、異なった角度と深度で、語りかける。
だから、何度読んでも、語り尽くすことがない。

ヘッセ『シッダルタ』は、その意味で、「古典作品」である。


ぼく自身のことでは、ヘッセの作品は、高校時代から今に至るまで、ぼくを触発しつづけている。

いつも横に置いているわけではないけれど、生きることの岐路などで、ぼくの内面に「言葉の種」をまいてくれる。

ぼくの記憶やメモには、「I can think, I can wait, I can fast.」は残っていない。
ぼくのなかでは、とりわけ「自我」の問題、生きることの「経験」ということなどにおいて、ヘッセ『シッダルタ』はぼくに語りかけてきた。

Tim Ferrissが出会うトップパフォーマーたちのインタビューを聞き、この書『Tools of Titans』を読みながら、ぼくは思う。

彼(女)たちは、まるで、ヘッセ『シッダルタ』の主人公シッダルタのように、生きているのだと。

その「生き方」は、例えば、こんな場面で語られる生き方だ。
シッダルタは語る。


「たいていの人間は、…風に吹かれ、くるくる舞い、さまよいよろめいて地に落ちる木の葉に似ている。しかし、少ないながら、星に似た人間がいる。彼らは断固とした軌道を歩み、どんな強風も彼らには届かない。彼ら自身のなかに、自己の法則と自己の軌道をもっているのだ。…」

ヘッセ『シッダルタ』新潮文庫
 

世界のトップパフォーマーたちとは、「自己の法則と自己の軌道」を自分たちのなかにもっている人たちのことだ。

シッダルタが言うように(またヘッセが言うように)、「星に似た人間」たちである。
そして、星がそうであるのと同じように、輝きつづけるために、<内なる炎>を燃やしつづけながら、軌道を描いている。