Don Miguel Ruiz著『The Four Agreements - A Practical Guide to Personal Freedom』(Amber-Allen Publishing)は、美しく、そして洞察の深い本だ。
日本語訳は『四つの約束』と題されて出版されていて、あまり多くの読者を得ていないようだけれど、英語の書籍は今でも多くの人にとって「大切な書」として手に取られている。
ドン・ミゲル・ルイスが、古代メキシコの「トルテック」の教えを、「Four Agreements」(四つの約束)としてまとめた本だ。
古代メキシコの「トルテック」という響きやその装丁のデザインからは想像しにくいほど、そのコンテンツは、生きるということの深いロジックと共に、大切な教えをぼくたちに伝えてくれる。
古代メキシコの教えというと、人類学者カルロス・カスタネダの仕事が思い起こされる。
真木悠介が名著『気流の鳴る音』で、カスタネダが得たメキシコのヤキ族の老人ドン・ファンの教えを明晰に論じている。
そのドン・ファンの教えとも一部視点が重なりながら、しかし、「Four Agreements」(四つの約束)というポイントに照準し、ドン・ミゲルは副題のとおり、自由になるための実用的なガイドをぼくたちに提示してくれる。
「Agreements」(約束・契約)とは、ここでは、ぼくたちが生きていく上で自身と結ぶ幾千もの約束・契約である。
それは、情報選別の「言葉のフィルター」のようなものである。
養老孟司は、「意識」というものは、人間の脳が世界をシミュレートするのをシミュレートするものというような言い方をしたけれど、そのシミュレートの「フィルター」のようなものが、「Agreements」(約束・契約)であろう。
それはレゴのブロックのようなもので、「約束のブロック」で、ぼくたちはぼくたちが見て生きる「世界」を脳の中に構築していく。
ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもある。
「醜い」と言われた子供は、「醜くあること」という約束を自分自身としてしまい、そのように生きてしまう。
「Four Agreements」(四つの約束)は、そのような幾千もの約束・契約をうちやぶっていくような、自分自身との約束・契約である。
「Four Agreements」(四つの約束)とは、次のとおりである。
- 「Be impeccable with your word」(あなたの言葉を正しく使うこと、申し分のない言葉の使い方をすること)
- 「Don’t take anything personally」(なにごとも個人的に受けとらないこと)
- 「Don’t make assumptions」(憶測を立てないこと)
- 「Always do your best」(いつもベストをつくすこと)
「Four Agreements」(四つの約束)がよくまとめられているのは、そのコンパニオン・ブックである。
1 Be impeccable with your word(あなたの言葉を正しく使うこと、申し分のない言葉の使い方をすること)
一貫性(integrity)をもって話すこと。自分の言いたいことのみを言うこと。自分に反する言葉を使うことを避けること、あるいは他者のゴシップをしないこと。真実と愛の方向に言葉の力を利用すること。
2 Don’t take anything personally(なにごとも個人的に受けとらないこと)
他者のすることの何ものも、あなたが理由ではない。他者が言うことやすることは、彼(女)ら自身の現実や夢の投影であること。他者の意見や行動にたいしてあなたが免疫があるとき、あなたは必要のない苦痛の被害者とはならない。
3 Don’t make assumptions(憶測を立てないこと)
質問をしたり、あなたがほんとうに欲しいものを伝える勇気をみつけること。誤解や悲しさやドラマを避けるため、できるかぎり明確に他者とコミュニケーションをとること。この約束だけで、あなたは人生を完全に変容させることができる。
4 Always do your best(いつもベストをつくすこと)
あなたのベストはときどきにおいて変化する。病気であるときにたいし、健康であるときはそれは異なる。どんな状況でも、シンプルにベストをつくすこと。そうすれば、自己判断や自虐や後悔を避けることができる。
Don Miguel Ruiz “The Four Agreements Companion Book” (Amber-Allen Publishing)*日本語訳は筆者。
「Four Agreements」(四つの約束)は、とてもシンプルであり、それだけを見ると、通りすぎてしまうような内容にも見えてしまう。
しかし、ひとつひとつが、深い洞察に裏打ちされ、これだけで日々のいろいろなことが変わっていく力を、確かにもっていると、ぼくは思う。
ぼくがこの本に「ひきこまれた」のは、その最初の導入部分である。
人が、子供時代を通じてどのように「社会的な人間」として、自分自身をつくっていき、その果てに自分自身を「牢獄」に閉じ込めてしまうのかという語りの部分だ。
彼は、このプロセスを「domestication of humans」(人間の家畜化)と呼んでいる。
それは、別の言い方をすれば、「洗脳」にも近い。
ドン・ミゲルの「語り」に耳をすませていると(ぼくはオーディオブックで聞く)、ぼくが子供のころからの出来事を追体験しているような、そんな錯覚におちいってしまう。
この「語り」は、ドン・ミゲルの「言葉」というものへのナイーブさに支えられてもいる。
ドン・ミゲルは、この本を通じて、「言葉」というものを中心軸にそえている。
ぼくたちは、「言葉」でものごとを概念化することにより「世界」をつくっている。
ぼくたちは、日常において、自分自身とのさまざまな約束・契約を結びながら、世界をつくってしまっている。
ネガティブな言葉を(言葉にして、あるいは心の中で)発することで、そこに「世界とのネガティブな関係性」をつくってしまう。
言葉の「力」をみくびってはいけない。
ドン・ミゲルは、この閉じられた「世界」の存立の機制、構築のプロセス、そして「Four Agreements」による世界の裂開を、この本で展開している。
「言葉と世界」の関係性を丹念にひもときながら。
そのような「語り」に、ぼくはひきこまれていく。
ところで、ぼくは、ドン・ミゲルの教えを生きてきたというより、これまでの生きることの経験をふりかえりながらドン・ミゲルの教えの大切さを再度認識する、という仕方で、この本に教えられている。
だからか、この「Four Agreements」(四つの約束)の大切さを、心身の深いところで、感じる。
しかし、これらたった4つのことを続けていくことは容易ではない。
ぼくたちは、生きるという道ゆきで、幾千もの約束・契約を自分自身と結び、その「結びつき」が日常の経験により強化されてしまっているからだ。
だから、ドン・ミゲルは、四つ目に「いつもベストをつくすこと」をわざわざ置いている。
そのときそのときのベストをつくすこと。
もっと大きなベストはあるけれど、そのときの状況でベストをつくすこと。
そこに日々をかけていくしかないと、ぼくは自分に「約束」をする。