ニュージーランドの作家Patricia Graceの文学作品『Potiki』(Penguin Books, 1986)。
1996年に、9ヶ月ほど住んでいたニュージーランドを旅立つ際に、ニュージーランド人の友人からいただいた本である。
20歳になってようやく「本」というものの面白さと深さを体験しはじめていたぼくを知ってか、友人はぼくに、まるで「ニュージーランド」を本のなかに吹き込むようにして、ぼくに贈ってくれた。
日本に帰国してから、数ページ読み始めては、そこから先に進まず、ぼくの蔵書のなかに収められていた。
180頁ほどの小さな本だけれど、いつか読もうと、ぼくは心のひきだしにしまっていた。
そして、最近なぜか、この『Potiki』に呼びかけられているような気がして、ぼくはこの本をひらいた。
まず、驚いたのは、本のタイトルページをめくると、次の文字が目にとびこんできたときであった。
「Printed in Hong Kong」
1986年の出版の際に、この本は、ぼくが今いる、ここ香港で印刷されている。
やがて、本はニュージーランドに旅し、そこで友人の手にわたり、出版から10年の歳月を経て、1996年にぼくの手にわたる。
そのようにして、その本はぼくと共に、日本にわたっていくことになる。
2007年に、香港に移り住む際に、(おそらくそのタイミングで)ぼくはこの『Potiki』を香港にもってくることになる。
それから、またおよそ10年が経過する。
そこで、ふと呼びかけられるようにして、開いた本は、「Printed in Hong Kong」を刻印している。
30年の時を経て、香港にもどってきたことになる。
そうして開かれた本の物語と情景は、今度は、ぼくの心のなかに、すーっと、はいっていくのだ。
Patricia Graceは、1937年に、ニュージーランドのウェリントンに生まれる。
父親はマオリ人、母親がヨーロッパ系である。
最初の頃は英語教師でありながら、短編をつむぐ。
彼女が1975年に発表した短編集は、マオリ人女性によって書かれた初めての短編集であったという。
作品は、マオリの生を描いている。
『Potiki』は1986年に発表され、ニュージーランドでの賞を得ることになった作品だ。
「明るさ」に充ちた物語ではないけれど、それでもその筆致はとても美しい作品だ。
ニュージーランドの風景を、ぼくのなかに、ありありと思い出させてくれる。
そのような風景のなかで、人が生きていく「物語」の物語だ。
「物語」を生きていく人たちを描く物語。
ぼくも生きていくなかで、この「物語」としての生を、今みつめている。
この本は、ぼくに開かれるのを、じっくりと待っていてくれたように、ぼくは「物語」を紡いでいる。
決して、ぼくにいらだつのでもなく、ただじっと、そこで待っていてくれたわけだ。
まるで、ニュージーランドの海や山や森たちのように。