見田宗介『社会学入門 - 人間と社会の
未来』(岩波書店)の「序」は
感動的な文章である。
「社会学とは」について書かれている。
専門科学(経済学、法学、政治学等)
の「領域」をまたいで、「領域横断的」
な学問として、社会問題に向き合う。
社会学は<越境する知>…とよばれて
きたように、その学の初心において、
社会現象の…さまざまな側面を、
横断的に踏破し統合する学問として
成立しました。…
けれども重要なことは、「領域横断
的」であるということではないのです。
「越境する知」ということは結果で
あって、目的とすることではありません。
何の結果であるかというと、自分にとって
ほんとうに大切な問題に、どこまでも
誠実である、という態度の結果なのです。
それから「自分自身のこと」として
見田宗介先生の社会学との関係が
つづられている。
わたしにとっての「ほんとうに切実な
問題」は、子どものころから、
「人間はどう生きたらいいか」、
ほんとうに楽しく充実した生涯を
すごすにはどうしたらいいか、という
単純な問題でした。
見田宗介『社会学入門』(岩波書店)
「ぼくのこと」で言えば、
(今振り返ると、ということだけれど)
小さいころから、次のような問題系が
ぼくという人間を駆動してきた。
- 生きる目的や人間の本質といった「人間」の問題系
- 戦争などの争いのない「社会」の問題系
高度成長期後の日本において、ぼくは
生きにくさを感じ、疑問をもっていく。
(後年、この危機状況は「社会問題」で
あったことも書籍から知る。ぼくだけ
ではなかったということ。「ぼく」の
問題であると共に「社会」の問題でも
ある。)
人生は、ぼくに「道」を開いてくれる。
それは、
「世界を旅する道」であった。
大学に入り、世界を旅するようになる。
中国、(返還前の)香港、ベトナム、
タイ、ラオス、ミャンマー、ニュージー
ランドと、ぼくは世界を旅する。
その内に、ぼくの「ほんとうに大切な
問題」は、このように「具体性」を
帯びていった。
- 日本を出て世界を旅する日本人
- 「途上国問題・南北問題」
「生きづらさ」の感覚は、「旅で人は
変われるか?」という探索につながった。
「人が変わる」ということを、旅という
場を素材に、追求していくことになった。
そして「途上国問題・南北問題」は、
ぼくの人生をかたちづくっていく。
大学卒業後の進路はうまく決まらず、
また「学びの欲求」が益々強くなり、
ぼくは二つ目の「途上国問題・南北問題」と
いった問題系を大学院で学ぶことに決めた。
大学院で、ぼくは途上国「開発・発展」を
学ぶ。
途上国のことを学べば学ぶほど、それは
結果として、既存の専門科学を「越境」
せざるをえないことになった。
「人が変わること」と「社会が発展すること」
の問題系は、次第にひとつのキーワードを
結実させていくことになる。
それは、
「自由」(freedom)ということである。
この言葉を頼りに、この言葉をタイトルに
ぼくは修士論文(「開発と自由」)を書く。
見田宗介と経済学者アマルティア・センを
導きの糸として、ぼくは「自由」をとことん
考えたのだ。
修士論文「開発と自由」は、ぼくにとっては
とても大切な作業であった。
それは、ぼくのなかで、納得いくまで、
いろいろなこと・ものが繋がったからである。
でも、ある教授に言われた。
「よく書けているけれど、ある意味誰でも
書ける内容ですね。『経験』が見えない。」
理論に終始した結果、ぼくの経験に根ざした
文章にはなっていなかったのだ。
大学院の修士課程を終え、ぼくは、
「実践」にうつっていく。
国際協力NGOに就職し、途上国の現場に
出ていくことになったのだ。
こうして、ぼくは、西アフリカのシエラレオネ
の地に、踏み出すことになった。
ぼくの「ほんとうに大切な問題」を手放すこと
なく、追求していく仕方で。
シエラレオネと東ティモールで、ぼくは、
それぞれ、難民支援とコーヒー生産者支援で
「実践」していく。
そのなかで、ぼくの「原問題」は、次のように
表層を変える。
- 「人が変わること、人の成長」の問題系
- 「いい『組織』をつくること、組織のマネジメント」の問題系
実践の中で、ぼくは、数々のプロジェクトを
動かしていく。その中で、「組織」という
問題にぶつかったのだ。
その後、人生は、ぼくに次の「道」を開く。
そうして、ぼくは「香港」に移ったのだ。
香港で、ぼくは、人事労務コンサルタントの
仕事につく。
「人と組織の成長・発展」を、
人事の視点からサポートする仕事である。
それから10年。
ぼくは、次のステージに立っている。
そして、やはり「ぼくの原問題」に立ち戻る。
それは、見田宗介先生の「ほんとうに大切な
問題」と交錯する。
「どのようにしたら、この世界で、よりよく
生きていくことができるのか」
時代は、大きく変わろうとしている。
すでに、変わってきているし、変わって
しまってもいる。
だからこそ、原問題から、ぼくは新たに
スタートする。
見田宗介先生は、『社会学入門』の「序」の
最後に、このような文章を書いている。
インドには古代バラモンの奥義書以来、
エソテリカ(秘密の教え)という伝統がある。
そのエソテリカの内の一つに、
<初めの炎を保ちなさい>という項目がある。
直接には愛についての教えだけれども、
インドの思想では万象の存在自体への愛
(マハームードラ Cosmic Orgasm)こそが
究極のものであり、知への愛である学問に
ついてもそれはいえる。
見田宗介『社会学入門』(岩波書店)
旅も、世界で生きていくことも、そして
人生も、同じであるとぼくは思う。
<初めの炎>をぼくは、心の内に、灯し
続ける。