香港スタイルの「ファーストフード」
チェーン店で、早朝の時間帯に、
「モーニングセット」を楽しむ。
香港の至るところは人で混むから、
混みだす前に、店に入る。
ぼくはトーストとスクランブルエッグ
を食べながら、
10年程前、香港に来たときに、
朝食べたスクランブルエッグを思い出す。
これから香港に住もうと、準備をして
いたときのことだ。
そこに、ぼくにとっての香港のイメージ
が凝縮されているかのようだ。
ところで、香港スタイルの「ファースト
フード」店のメニューは、朝の時間帯も
さまざまだ。
西洋風と中華風をメインに、うどんなど
も見られる。
西洋風のモーニングセットは、通常、
・パン(一般的にはトースト)
・卵(目玉焼きかスクランブルエッグ)
・魚系か肉系
・飲み物(ミルクティ、コーヒーなど)
からなる。
卵の焼き方など、細かく指定できる。
また、サイドオーダーもあり、
麺類、マカロニ、オートミールなど
をつけることができる。
写真付きのメニューボードが入り口に
あり、キャッシャーでオーダーする。
オーダーが明記されたレシートおよび
チケットを受け取り、カウンターに行く。
カウンターで、チケットを渡し、
オーダーにしたがって、トレーに
食べ物が載せられ、そして最後に飲み物
が置かれる。
その時間、例えば、ざっと、30秒ほど。
トレーを手にし、席に座る。
そうして、食事を楽しむ。
さっと食べていく人もいれば、
携帯電話や新聞を手に長居する人もいる。
混んでいると、相席になる。
香港では、相席はいつものことだ。
食べ終わった後は、トレーはテーブルの
上に残したままで、退席する。
ホールのスタッフの方々がトレーを
片付ける。
混んでいると、席を探していた人が
すぐさま席を確保する。
ざっと、こんな流れだ。
香港では、香港スタイルの「ファースト
フード」チェーン大手が3つある。
・Cafe de Coral (大家楽)
・Fairwood (大快活)
・Maxim’s MX(美心)
香港では長い歴史をもち、
Cafe de Coralは1968年に設立され、
Fairwoodは1972年に最初のレストラン
をもったようだ。
香港で330店舗という一番規模の大きい
Cafe de Coralに訪れる人は、
一日に30万人という。
3つのチェーンを合わせれば、
まさしく、「香港の食堂」だ。
「ファーストフード」という言い方が
されるが、内実は「食堂」に近い。
一日は、4つの時間帯に分かれている。
・朝食
・昼食
・ティータイム
・夕食
それぞれにメニューが変わり、
ご飯や麺など充実している。
夕食などには、カツやカレーなどの
人気の日本食もよく見かける。
「ファースト」の意味合いにおいては、
とにかく、準備が早いのだ。
“No City for Slow Men”(Jason
Y. Ng)の精神が、ここでも息づいて
いる。
20年程前、初めて香港に来たとき、
ぼくは、この香港スタイルのファースト
フード店で、昼食を食べたことを覚えて
いる。
名前は覚えていないけれど、Tsim Sha
Tsuiのどこかの店に入ったことだけは
覚えている。
広東語は一言も話せなかったから、
写真のメニューを指差して、オーダー
した。
店のシステムも全くわからなかった
けれど、こんな形態のレストランがある
ことに感動したこと、手頃な値段で美味
しかったことを、ぼくは記憶している。
プルーストの『失われた時を求めて』に
出てくる紅茶とケーキが記憶の入り口で
あったように、
香港スタイルのセットメニューと
スクランブルエッグは、ぼくの香港の
記憶の入り口でもある。
そして、それらの記憶と、目の前に広が
る香港の風景が重なり、静かな幸せを
ぼくに届けてくれる。
人が混みだして、その静かな幸せの
「味わい」がかきけされないうちに、
ぼくはモーニングセットを食べ終えて、
店を後にする。