Facebookのマーク・ザッカーバーグは、会社の「Our mission(ミッション)」を変更することを、2017年6月22日に発表した。
新しいミッションは、次の通りである。
● “Bring the World Closer Together”
(ミッション全文:give people the power to build community and bring the world closer together)
変更前のミッションは「making the world more open and connected」。
「オープンでつながりのある世界」の実現から、(コミュニティー構築の力を与えることで)「より密接な世界」の実現へと舵を切った。
新しいミッションの内容、そこにこめられたビジョン、社会構想、組織でのリーダーシップ、発表のタイミングなど、とても考えさせられることの多い発表であった。
いくつかのことを、書いておきたい。
1) 個人
ザッカーバーグは、これまでのスピーチで、「Why(なぜ)」や「Purpose(目的)」の重要性を、幾度となく語ってきた。
2015年には、中国本土の大学で、ビジネスや問題解決の方法(how)ではなく、目的(why)をもつことの大切さを伝えた。
また、最近は、ハーバード大学でのスピーチでも、「purpose(目的)」について触れている。
そこでは、「個人の目的を見つけること」の話ではなく、一歩、メッセージを進めている。
ハーバード大学で、ザッカーバーグは、次のように語った。
…Instead, I’m here to tell you finding your purpose isn’t not enough. The challenge for our generation is creating a world where everyone has a sense of purpose.
“Mark Zuckerberg’s Commencement address at Harvard”, HARVARD gazette
「個人の目的を見つけることでは十分ではない」と、彼は語る。
「われわれの世代にとっての挑戦は、皆が目的感をもてるような世界をつくること」だとメッセージを伝える。
彼は、例として、故ケネディ大統領がNASAに訪れたときのことを挙げる。
ケネディ大統領は、ほうきをもっている管理人を見て、彼のところに歩み、そして、「何をしているのですか?」と尋ねる。
管理人は、大統領に向かって、こう応えた。
「大統領、私は、月に人をおくる手助けをしているのです。」
ザッカーバーグにとって「purpose(目的)」とは、彼が述べるように、「われわれが自分たちよりも大きな何かの一部であることの感覚」である。
今回のミッション変更は、ザッカーバーグが考えてきた、「個人の目的」また「皆が目的感をもてるような世界」の延長線上に位置している。
2) 組織
個人レベルだけでなく、会社という組織レベルにおいても、いろいろと考えさせられ、学ばせられる。
ミッションを大切にすることはもちろんのこと、組織をリードしていくセンスに感銘を受ける。
ここでは、とりわけ二つだけ挙げておく。
ひとつは、問題・課題の解決の「方向性」を、ミッション変更で変えていることである。
Facebookはここのところ、さまざまな問題・課題に直面してきた。
その困難さの深度は、ザッカーバーグ自身の語りからも、見てとれる。
それら問題・課題は、新しいミッションに照射されることで、解決の「方向性」を変えていくと、ぼくは考える。
新しいミッションは、Facebookで働く者たちの「視界・視点」を、一段も二段も引き上げる。
会社のミッションという、「未来の姿」を変えることで、問題・課題の解決の方向性を変えていくのである。
現在置かれている組織の発展段階において、このタイミングで変更をかけてきたことに、彼のリーダーシップがある。
それから、二つ目に、COOのシェリル・サンドバーグのことである。
シェリル・サンドバーグは、最愛の夫を亡くし、その「闇」から文字通り這い上がってきたところだ。
その出来事とプロセスは、アダム・グラントとの共著『Option B: Facing Adversity, Building Resilience, and Finding Joy』になった。
今はこの本が出版されて間もなく、シェリル・サンドバーグも、これから新たな人生の入り口に立っているところである。
そのタイミングでの「新しいミッション」は、彼女の新たな人生に、追い風を与えるものであるはずだ。
友人として、仕事場でのCEO/COOというパートナーとして、ザッカーバーグは、このタイミングを、熟慮していたはずである。
3) コミュニティ、社会、世界
ミッションは、さしあたり「会社のミッション」である。
しかし、「Our mission」とザッカーバーグが言うとき、「Our」は、世界の人びとたちにも向けられている。
だから、彼は、今回の発表スピーチで、こう付け加えている。
「ミッションは、ただ単なるステートメントではありません。それは、微妙な(nuanced)哲学であり、世界への希望なのです。」
Facebookのミッションには、個人、組織、コミュニティ、社会、そして世界と、それら「全体」が視野におさめられ、言葉に凝縮されている。
「コミュニティ」の視点から、「世界」につなげている。
ザッカーバーグは、新しいミッションに変えた理由として、「社会はいまだに分裂している」ことを挙げている。
ぼくは、社会学者・大澤真幸が言う、「グローバリゼーションとユニバーサリゼーション」のことを思い起こす。
大澤真幸は、著書『逆説の民主主義』(角川oneテーマ21)のなかで、これら二つを区別して考えている。
そして、それら二つの間が、いわば分裂し、大きな問題となってきていることを指摘している。
(大澤は、見田宗介・大澤真幸『二千年紀の社会と思想』(太田出版)で、このことを語っている。)
「グローバリゼーション」は、主に経済的現象として、誰の目にも明らかに進んできた。
これに対し、全世界的な「文化的枠組み」や「価値的枠組み」が確立しておらず、このユニバーサリゼーションが遅れている。
20世紀は「国家」の枠組みが「文化や価値など」の枠と重なっていたが、グローバリゼーションの進展とともに国家の枠組みが相対的に弱くなるなかで、文化や価値などの枠組みが不安定になっているのだ。
この「不安定な欠如」に、Facebookは、枠組みをつくりだしていくアクターのひとつとして機能している。
国家などの伝統的な「権力」が弱体化してきていることは、Moises Naim著『The End of Power』が一冊を投じて論じている。
この著書を、ザッカーバーグが、自身のブッククラブで、最初の課題本として取り上げたことは、ある意味象徴的な行動である。
ぼくたちは、既存の権力構造のなかではなく、コミュニティーから社会、社会から世界を貫く「縦糸と横糸の関係」の網の目のなかで、「ユニバーサリゼーション」を進展させている。
Facebookの新しいミッションは、そのシンプルさのなかに、このような「縦糸と横糸の関係」の全体を内包し、未来に向けて放たれている。
ただのミッション・ステートメントではなく、ザッカーバーグが語るように、そこには「世界への希望」を託している。
ただし、それは、トップダウンではなく、数えきれないほどの「コミュニティ」のそれぞれの思いと行動が、結果として密接につながっていくような「ユニバーサリゼーション」の道ゆきである。
ザッカーバーグは、言葉をまく。
“Change starts local…”
変化はローカルに始まる、と。
Facebookは、これまで、世界で「家族や友人」を中心に、最初のミッション通り、つながり(コネクション)をつくってきた。
今回、新しいミッションにより、「個人・家族・友人のつながり」から「コミュニティー」へと視点を明確に上げて、世界をそこへとリードしている。
そして、「コミュニティー」から、次の段階へと押し上げていく「未来の流れ」を、すでに見晴るかしている。
ザッカーバーグは、Facebookをはじめたときのように、地球のさまざまな問題・課題解決へと向かう「ユニバーサルな世界」を、そこに見ていると、ぼくは思う。