台湾の大型書店チェーンである「誠品書店」(Eslite Bookstore)が、香港に第一号店をCauseway Bayに出店してから、すでに4年がたつ。
その間に、Tsim Sha TsuiとTaikooにも出店し、現在は合計で3店舗。
第一号店が世界でもっとも土地の値段が高いとされる香港のCauseway Bayに出店されたときには、書店が一般的にその規模を縮小させてきている時期であったこと、また香港ではあまり本が読まれないのではないかということなどから、台湾で成功してきた「誠品書店」が、果たして香港でやっていけるのかどうか、ぼくとしても(期待をかけながらも)懐疑的であった。
そんな懐疑もどこへやら、日本人が多く住むTaikooに出店を果たしている。
Causeway BayやTaikooの店舗にときおり立ち寄りながら、どんな本が香港で話題を集めているかを確認することが、ぼくの最近の「定点観測」のひとつだ。
「ベストセラー」は、作家や出版社の力量もさることながら、何よりも、大衆の「耳」のありかである。
そこに、人々の生活、人々の生きられる問題や課題が垣間見られる。
「誠品書店」のベストセラー棚は、ピックアップの仕方によっていくつかに分かれている。
それぞれ、ランクが1位から10位まであって、並べられている。
日本の書籍で、中国語に訳されたものも多く並んでいる。
台湾で翻訳され、それらが香港でも店頭に並ぶ。
ある一列をざっくりと見ると、日本の書籍が翻訳されて並べられていて、大別すると二つのジャンルに分かれている。
「心理学系」と「片付け系」である。
前者は正当系というより、例えば「人を操る心理学」の漫画版などが上位に来ている。
後者は、例えば「断捨離」の本である。
この二つの系が、ベストセラー系列のひとつにおける1位から10位のランクの多くを占めている。
さっと見ると、通りすぎてしまうか、表層だけで見てしまうようなベストセラーのランクだけれど、ここには、香港の生活における、人々の切実な気持ちが充ちている。
それは、香港で生きてゆくための「二つの戦線」における、生きられる問題なのだ。
- 職場の人間関係
- 住まいの空間
生きていく上での、職場と住まい、あるいは仕事と生活という二つの領域が、書籍のベストセラー・ランキングに垣間見られる。
職場と住まいは、日々の生活の「時間と空間」となる場所であり、瞬間だ。
なかなかうまくいかない職場の人間関係、それから住まいの空間の限定性への悩みなどが、切実な思いをつくり、人々の「耳」となる。
そして、これら二つの領域は、地層を深く掘っていくと、生きることの「二つの側面」を支えていることがわかる。
それらは、社会学者の見田宗介に少しだけ倣って言えば、「仕事」は生きることの「物質的な拠り所」を確保することであり、また「住まい」は生きることの「精神的な拠り所」を確保することである。
ただし、そこには「ねじれ」があり、仕事をする職場という「物質的な拠り所」を支えるところで、「精神的な」人間関係になやむ。
そして、住まいという「精神的な拠り所」を支えるところで、「物質的な」空間の確保になやむ。
いずれにしても、生の「物質的・精神的な拠り所」を、この香港において人々は渇望している。
ぼくが見るに、この「二つの戦線」は、ひきつづき、人々が香港で生きてゆく際の感心と渇望、苦悶と喜びなどを規定するような磁場を形づくってゆくと思う。
ただし、ベストセラー棚はこれらだけではないことも付け加えておかなければならない。
世界的な大ベストセラーである、Yuval Norah Harariの『Sapience』と『Homo Deus』は、それらの英語版も中国語版も、長きにわたり棚をうめていたりする。
「誠品書店」のベストセラー棚を「定点観測」しながら、ぼくは、このように、人や社会、それから未来に思いをひろげてゆく。