名曲「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」の響きのほうへ。- ルイ・アームストロングの歌声と音色に照らされて。 / by Jun Nakajima

ときに、ルイ・アームストロング(1901-1971)の「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」を無性に聴きたくなる。すばらしい文学作品がそうであるように、この曲の短い出だしだけで、ぼくは一気に、その音楽が紡ぐ「物語」の世界にひきこまれる。

作詞・作曲はG・ダグラスとジョージ・デヴィット・ワイス。ベトナム戦争や人種問題の深刻化という時代背景のなかでつくられた曲である(※Wikipediaなど参照。「背景」にはいろいろな見方や事情や経緯があるようだ)。

時代背景は、いっぽうで、John & Yoko/Plastic Ono Band(ジョンとヨーコ/プラスティック・オノ・バンド)の名曲「Happy Xmas (War is Over)」や「Imagine」を、ぼくに思い起こさせる。

これらの名曲をぼくはほんとうに好きなのだけれど、それは、このような「時代背景」のなかで、曲に託された「世界」(戦争や紛争のない世界)と無縁ではないようにも思う。紛争後の世界(2000年代初頭の、西アフリカのシエラレオネ、東ティモール)に身をおきながら、ぼくのなかでは、名曲「Happy Xmas (War is Over)」が鳴り響いていた(※ブログ「東ティモールでむかえた「クリスマス」(2006年)の記憶から。- 「War is over, if you want it...」(ジョン・レノン)」)。

「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」は、映画『グッドモーニング、ベトナム(Good Morning, Vietnam)』の挿入歌としても採用されているから、ぼくの記憶の深いところで、これらの名曲は通底していたのかもしれない。


「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」に限らず、ぼくは、ルイ・アームストロングの音楽、彼の歌声、それからトランペットの響きに心から惹かれる。

村上春樹・和田誠による著書『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)では、JAZZアーティストたちと、アーティストそれぞれの「この一枚」(LP)が取り上げられているけれど、そこでも、ルイ・アームストロングが描かれ、書かれている。そして、和田誠が描くルイ・アームストロングの肖像、それから村上春樹の書く文章にふれながら、ぼくは、ルイ・アームストロングに、心から惹かれる理由がわかったような気がする。


ルイ・アームストロングは11歳のころ、つまらないいたずらが原因で警察に捕まり「ホーム」に入れられる。そこで楽器と出会い、チャイム代わりの「ラッパ」の役をこなし、さらにそれだけでなく、ルイのラッパを聞くようになったみんなは、とても楽しい気持ちで目覚め、とても安らかな気持ちで眠りにつくことができるようになったのだという。

音楽の、このような「効果」は、他のアーティスト(たとえば、ピアニストのLang Lang)の場合でも語られるのをぼくは読んだりするが、ルイ・アームストロングのこのエピソードは彼の音楽の「ほとんどすべてを物語っている」から大好きなのだと、村上春樹は書いている。つづけて、村上春樹は、つぎのように、ルイ・アームストロングの音楽について書く。


 ルイ・アームストロングの音楽が、僕らにいつも変わらず感じさせるのは、「この男はほんとうに心から喜んで音楽を演奏しているんだ」ということである。そしてその喜びは見事なばかりに強い伝染性を持っている。マイルズ・デイヴィスはルイ・アームストロングの音楽を尊敬しながらも、舞台で白人聴衆に向かって歯を見せてにこにこと笑う彼の芸人性を厳しく批判した。でも僕はルイはほんとうに楽しくてたまらなかったのだろうと想像する。自分がこうして生きて、音楽を作り出して、人々がそれに耳を傾けてくれるというだけでたまらなく幸福で、何を考えるよりも先に、自然に、にこにこと歯を見せて笑ってしまったのだろうと思う。

村上春樹・和田誠『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)


この文章を読みながら、ぼくはたしかに、ルイ・アームストロングの音楽の核心にあるものがわかったような気がしたのだ。

でも、音楽の、あるいは世界の「楽しみかた」は、この核心そのものをその中心に向かって掘り尽くすことではなく、あくまでも、その核心に「照らされた世界」(つまり、ルイ・アームストロングの音楽)を楽しむことだ。村上春樹の文章は、核心を一気につくものでありながら、よりいっそう、この「照らされた世界」に照準されている。


そのようにしてルイ・アームストロングの音楽にもどると、「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」とともに、ぼくの心を深いところで揺さぶるのは、「Moon River」である。

彼の歌う、そして彼のトランペットが奏でる「Moon River」を聴くたびに、ぼくの心は、ほんとうに「揺れる」のだ。とくに、彼のトランペットが奏でる「Moon River」の響きに。