「睡眠時間」の問いを、ひらく。- 「87歳現役」の櫻井秀勲が語る、「短眠」に照射される生き方の例。 / by Jun Nakajima

ハーバード大学教授の荻野周史の推薦文「櫻井先生の生き方は、人生100年時代のこれからの教科書だ」にも惹かれて、ぼくは、櫻井秀勲著『寝たら死ぬ!頭が死ぬ!』(きずな出版、2018年)を読む。

著作の副題には「87歳現役。人生を豊かにする短眠のススメ」と書かれ、伝説の編集者(女性誌「女性自身」の編集長であったり、松本清張などの作家の編集者)と言われながら、87歳の今も現役である櫻井秀勲が語る「睡眠」を通じた生き方の本である。

55歳から83歳まで、毎日午前5時にベッドに入る習慣を続けてきた櫻井秀勲。

起きるのが午前10時のため睡眠時間は5時間(途中仮眠しても6時間に満たない睡眠時間)。

このような「短眠」だけでなく、健康ということ、また(起きている時間にも同時に焦点をあてながら)生き方ということまで、本書では、櫻井秀勲の声が聴こえてくる。

 

櫻井秀勲の「睡眠」にかんするメッセージの基本を挙げるとすれば、「眠くなってから寝る」ということである。

そこに通底するものは、「標準や一般的な情報」をもとに行動する仕方とは一線を隠し、<じぶんじしん>の経験とじぶんとの対話に基礎をおく生き方である。

「眠くなってから寝る」という仕方と同様に語られることとして、一般的には、「お腹が空いたら食べる」ということがある。

○○時になったから食べるのではなく、あくまでもお腹の空き具合に応じて、食べることをしていく。

「何時になったら食べる、あるいは寝る」という仕方は、生活が「標準化」されてきた近代という時代において、より広範に適用されてきた様式であっただろうと、ぼくはかんがえる。

 

ところで、Daniel H. Pink (ダニエル・ピンク)の最新著作『When: The Scientific Secrets of Perfect Timing』(Riverhead Books, 2018)の第1章は、「The Hidden Pattern of Everyday Life」(毎日の生活の隠されたパターン)と題され、仕事などのパフォーマンスを上げるために、一日をどのように過ごし、どのように活用していったらよいかを、科学的なリサーチをもとに考察している。

結論的な言ってしまえば、じぶんの「タイプ」(朝型なのか、夜型なのか、その中間か)を知り、それにあった仕方で、適切な時間に適切な仕事をしてゆくことで、パフォーマンスを上げてゆくことができる。

櫻井秀勲も、「短眠」だけを絶対的にすすめているのではなく、じぶんに合った仕方を生きることを大切にしている。

そのために「短眠で87歳現役」という例があることを、じぶんの経験から伝えているだけだ。

各章の最後には、例えば、次のような言葉がいくども置かれている。

 

…しかしこれが自分の適職なのだ、という自信があるため、むしろ睡眠時間の長いのがイヤなのです。起きていたいのです。
 こういう生き方で元気な男もいることを知ってほしいと思います。

…ただ「こういう87歳の男もいる」ということを知っていただきたいのです。

…本当に眠気が襲うまで起きていたほうが、短時間であれ、熟睡できると思うのです。
 私はその方法で、22歳から87歳までやってきました。

櫻井秀勲『寝たら死ぬ!頭が死ぬ!』きずな出版、2018年

 

本の終わりの方で、櫻井は、母親の教えでもあった「わが家の生き方」を書いている。

それは、「人の反対を往け」という教えである。

関東大震災の折に、大衆とは「まったく反対の方向に逃げ」た母が、亡くなった大衆とは異なり助かった教訓をもとにしている。

この教えのように、櫻井秀勲は、医学の見地から「長く寝るべし」という声の多いなかで、それとは反対に、なるべく寝ずに、できるかぎり頭脳を使って生ききり、87歳現役である。

もちろん、ただ単に「反対を往く」のではなく、<じぶん>の経験と軸、そして標準的で一般的な情報を一度「括弧に入れる(疑問視する)」姿勢をもとに、<じぶん仕様>へと調整しつづけてきた結果と交差するスタンスである。

 

ぼくも一生「現役」で生きたいと思う。

そのように思う者たちにとって、本書は、「人の反対を往く、現役87歳」からの、生き方の事例を提示してくれる「教科書」だ。

しかし、決して人に「標準」を強要する教科書ではなく、じぶんの生き方へと光をあてる教科書である。