萩本欽一著『ダメなときほど「言葉」を磨こう』。- どこまでも「素敵な言葉」を追い求めて。 / by Jun Nakajima


著作『ダメなときほど運はたまる』に続く、コメディアンの萩本欽一の著作『ダメなときほど「言葉」を磨こう』(集英社新書)は、どこまでも「素敵な言葉」を追い求めてゆく人の、まっすぐな本である。

前者の著作で、「どん底のときには大きな運がたまり、反対に、絶頂のときには不運の種がまかれている」という運の法則を語り、「運」と同じくらい大事にしてきたことに「言葉」があると、本書では「言葉」について展開されていく。
 

 人生は言葉の積み重ねです。その都度、どんな言葉を話すかで、終着点も大きく変わると思います。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書
 

そう語る萩本欽一は、73歳で駒澤大学の仏教学部に入学し、今年75歳で三年生という。

「大学に入学したのは、なぜ」と想像していたら、萩本欽一は、とてもシンプルに、こう書いているのを、見つけた。

 

 今、駒澤大学の仏教学部に通っているのもその延長。仏教学部なら、お釈迦様の素敵な言葉にたくさん出会えるだろうと考えたのです。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書

 

「その延長」とは、テレビ活動が一段落した44歳のときには、言葉だけでなく学び直しのために河合塾にも入ったこと。

しかし「言葉の大切さ」に気づいたのは、大人になってからだと、萩本欽一は書いている。
 

 「あれ、僕って言葉が足りないや……」
 そう思ったのは、坂上二郎さんと結成したコント55号が軌道に乗って、寝る暇もなく仕事をこなしていたころです。新聞や雑誌のインタビューをたくさん受けるようになって質問に答えようとしても、自分の思いを伝える言葉が見つからない。中学から高校時代にかけて、あまり勉強もしていなかったから、圧倒的に語彙が足りません。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書

 

萩本欽一の「言葉」をつくってきたのは、学びということもあるけれど、生きていく中で出会う人たちとの「間」に生まれる言葉だ。

出会う人たちは素敵な人たちであることと同時に、萩本欽一との「間」だからこそ、生まれ出るような言葉たちであるように、ぼくは思う。

その「間」、つまり人間関係に敏感であり、「つながり」を大切にしてきた萩本欽一だからこそ、素敵な言葉に祝福されてきたのである。

そのような「祝福の言葉」が、この本にはエピソードと共に、散りばめられている。

 

【目次】
第一章:どんな逆境も言葉の力で切り抜けられる
第二章:子育てこそ言葉が命
第三章:辛い経験が優しい言葉を育む
第四章:仕事がうまくいくかは言葉次第!
第五章:言葉を大切にしない社会には大きな災いがやってくる
第六章:言葉の選び方で人生の終着点は大きく変わる

 

散りばめられているエピソードと、そこで生まれ出た「言葉たち」は、とても素敵だ。

「関係を断ち切るときは『ごめんなさい』、続けたいときは『言い訳』を」と題される項目で、萩本欽一はこう書いている。

 

 「言い訳するんじゃない!」
 日常でよく聞く言葉ですよね。でも、僕は言い訳、大歓迎。言い訳にこそ、人間関係をよくするチャンスがあると思っています。
 ときたま仕事の場で若い子に間違っていることを指摘しようとすると、みんなすぐ「すいません!」とか「ごめんなさい!」と言う。…
…「すいません」とか、「ごめんなさい」と言われると、返す言葉は「じゃあいいよ」とか、「すいませんですむか、バカヤロー」と、こういう言葉になってしまう。つまり、「すいません」「ごめんなさい」は、いち早く関係を断ち切るときに使う言葉じゃないかなと、僕は思っているのです。… 
 僕にとって言い訳とは、あなたとまだずっと会話を続けたい、という意思表示。…

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書

 

どこまでも素敵な言葉と素敵な人間関係を追い求める萩本欽一には、言葉で、「世界の風景」を変えてしまう力があるのだ。

この本の最後の項目に、「七十歳は人生のスタートだった」という話が書かれている。

「だった」と過去形で書かれているのは、萩本欽一にも、七十歳になった折に「ゴール」という言葉が頭をかすめたからである。

それが、大学に入学し三年生になった今、それが間違っていて、「七十歳はスタートだった」と考えるに至ったという。

 

 思考が変わると言葉も変わるのです。七十歳をゴールと考えると、「これからは温泉にでも浸かってゆっくり過ごすか」という言葉が出てくるのに、スタートと考えると「さて、若者と一緒に勉強でもするかな」という言葉になったりします。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書

 

「ゴール」を「スタート」に変えるという、とても些細なことだけれど、それがどれほど思考を変えてゆくのかを、萩本欽一は経験と共に、ぼくたちに伝えているのだ。

その大学に行く楽しみの一つとして挙げられていることに、ぼくは心を打たれる。

 

…大学に行く楽しみの一つは、年の離れた学友の成長を目の当たりにできることです。不思議なもので、一生懸命勉強する学生はどんどん顔がきれいになっていく。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書

 

その萩本欽一は本書で「プロフェッショナル」についても触れているので、最後に記しておきたい。

視聴率30%番組を続々とつくりだし、周りの番組を倒していった萩本欽一は、いつかは必ず倒されることを承知し、「倒される前に、自分で自分を倒した」という。

そのように自分からやめることを選択してきた萩本欽一は「プロフェッショナル」について、こう書いている。

 

 NHKの「プロフェッショナル」という番組で、最後に聞くでしょう。「あなたにとってプロフェッショナルとは?」と。僕がもし聞かれたら、こう言います。
「勝ったときの喜びが短くて、負けたときの悲しみも短い人」って。

萩本欽一『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書