2006年のある日の午後、ぼくは、ディリにある
事務所から車で5分程離れたところにある住居へと
急いでいた。
スタッフが運転する車両の助手席に座り、
誰もいない通りを見ながら、状況を分析していた。
首都ディリの治安が悪くなってきている状況である。
通りには誰もいない。車両もまったく見られない。
静けさが漂い、ぼくたちの車両の音だけが響く。
ディリの繁華街の入り口にさしかかったところで、
ぼくたちは、通りで女性二人が手を振っていることに
気づいた。
どうやら、ぼくたちに向かって、手に振っている。
ぼくたちは、仕事に関係のない人たちは
車両に載せないことになっている。
だから、「何だろう」と思いながらも、先を
急ぐことにする。
そこの交差点を左に曲がれば、すぐに住まいに
到着するが、一方通行であるため、迂回しなければ
ならない。
車両は迂回して、先ほどの地点からすぐのところにある
住まいのコンパウンド前で止まる。
ぼくは車両の後部座席から荷物を取り出し、
スタッフに気をつけるように言葉を残して、
コンパウンド内に入る。
コンパウンド内に入った途端に、後ろで銃声が鳴り響く。
一発の銃声ではなく、連続的な銃声である。
住まいに入ると、テレビでは、BBCが
首都ディリの緊急事態を報道している。
目の前の通りでの銃撃戦のことを報道している。
スタッフは大丈夫だろうか、と心配になる。
車両だから、走り抜けてくれているだろう。
「手を振る女性たち」は大丈夫だろうか。
何が起こっているかの状況もわからず、
助けの手を差し伸べることもできなかった。
その後、幸いにも、「一般人」が死亡したケースは
報道されなかった。
でも、時に、ぼくは、手を振る女性たちが
差し向けた「眼」を思い出す。
そして、その「眼」は、東ティモールを超えて、
紛争地域などで助けを求める人たちの眼に重なって
ぼくには見えるのだ。
世界の各地で、人々は、手を振っている。