“No City for Slow Men”
これは、香港に向けられた言葉で
ある。
香港に生まれ、海外で暮らし後に
香港に戻ってきたJason Y. Ngの著作
『No City for Slow Men
- Hong Kong’s quirks and
quandaries laid bare』
のタイトル名である。
同書に収められた36のエッセイの
ひとつに、この、
“No City for Slow Men”
のタイトルがつけられ、
同時に同書のタイトルになっている。
エッセイ“No City for Slow Men”に
付されている中国語(繁体字)は、
次の通りだ。
「此地不容慢人」
日本語に訳してみると、
「この地(香港)は、遅い人に
適さない/遅い人を受け入れない」
となる。
“No City for Slow Men”
(此地不容慢人)
香港を一言で表現するとしたら、
この表現がすっきりとくる。
香港は「遅い人たち」にとっての
都市ではない。
Jason Ngは、
「スピードはDNAの中にある」
というように、書いている。
香港に来たことがある人たち、
香港に住んでいる人たちは、
この「感覚」がわかるだろう。
香港では、スピードは、個人の中に
も、社会の中にも、そしてあらゆる
領域をも貫通する価値観である。
プライオリティの高い価値観である。
Jasonのエッセイの冒頭に叙述されて
いるように、
香港の繁華街を歩いていると、
後ろから、広東語の声が飛んでくる。
台車をひいた人たち(物を運搬する人
たちなど)が、道を開けてくれと、
お腹の底から響く声を投げかけてくる。
互いにつくりだすスピードが、
日々のエネルギー源となっているか
のように、香港のスピードは維持され
加速されている。
チェーンの大衆食堂に入れば、
驚くほど早くに、セットメニューが
ととのえられる。
仕事場では、
仕事を早くこなしていくことに
神経がそそがれる。
スーパーマーケットなどの店舗の列は
あっという間にさばかれていく。
店舗の列をさばく「世界選手権」が
あったなら、香港はまちがいなく、
世界トップ3に入る速さだ。
そんな香港のスピードも、
この10年を観察しつづけていると、
「幾分かの変化」を見せているように
ぼくには感じられる。
「人の歩く速さ」は、
東京に住んでいたころから、
そして香港に住んでいる今も、
ぼくの「定点観測」項目のひとつだ。
生活の速さは、一定の生活スタイルを
規定していく。
その生活のスタイルの中で、
得るものもあれば、失うものもある。
よいこともあれば、よくないことも
ある。
そして、そこから、人や社会の深層が
見てとれる。
香港経済社会は、
2008年のリーマンショック後もあまり
影響なく、成長率を伸ばした。
その後も、経済発展は続き、
ぼくが見てきた労働市場も活況を呈して
きた。
その動きが、ここ数年、若干の「落ち
着き」を見せ始めている。
それと時期を重ねるようにして、
「人の歩く速さ」に変化があったように
ぼくは個人的に感覚している。
つまり、若干遅くなったのでは、という
感覚を、ぼくはもつ。
まったくの、ぼくの感覚にすぎない
けれども、ぼくは意識して、「人の歩く
速さ」を観察してきたことは確かだ。
そして、生活スタイルも、
変化をしてきているように、
ぼくはその社会の只中で感じている。
もちろん、それでも、
“No City for Slow Men”の精神は、
DNAに組み込まれているかのごとく、
今日も香港を動かしている。