月明かりが、香港の海面を照らしている。
明日8月8日が満月を迎えることもあって、月の光が一層増し、地球とそこに住む人と自然を照らす。
香港の夜の郊外を照らし出す街灯や建物の光をつきぬけるように、凛とした光が部屋の中にも差し込んでくる。
差し込む光は淡いようでいて、しかし光の中には芯がある。
ここ香港にいても、月明かりは、ぼくのなかの「何か」を照らしてくれるような気がする。
小学校の頃、ぼくは望遠鏡をもちだして、月や火星、木星を見ることが好きだった。
望遠鏡のレンズの限度もあり、よく見えるのは月だった。
レンズを通して、月の表面のクレーターが見える。
手が届きそうなくらいに、ぼくの眼の前にクレーターがいっぱいにひろがっている。
そこに「うさぎ」はいなくても、それ以上に想像がかきたてられ、ずっと見ていても飽きなかったものだ。
しかし、それから大人になる準備をしてゆくなかで、ぼくはいつしか望遠鏡で夜空や天体を見ることをやめてしまった。
そんなぼくの深いところに、再び「月明かり」が照らされたのは、大学2年を終え休学して行ったニュージーランドでのことであった。
徒歩縦断の旅、山登り、キャンプ場などでの生活のなかで、月と月明かりは、ぼくの夜の過ごし方や動きに影響を与えた。
月明かりがないと夜は夜となり、月明かりが照らすときは、夜はしずかな祭りとなる。
手持ちの懐中電灯を使わずとも身動きをとることができ、「便利」でもあった。
ニュージーランドは南半球に位置し、北半球とは異なる月の姿を見ることも、楽しみのひとつであった。
その内、そのようなリズムと自然の力がぼくのなかに光を点火した。
それから、その後暮らすことになった、西アフリカのシエラレオネ、(ニュージランドと同じ南半球に位置する)東ティモールでも、月明かりは存在感を発揮していた。
シエラレオネでは電気のない町で暮らしていたから、月明かりは、言葉の通り、町を照らしていた。
東ティモールでも、電気が使える時間が限られていたり、電気がない村で過ごしながら、月明かりは山間地のコーヒー農園と村々を照らし出していた。
日本から遠くはなれた土地においても、月明かりはやはりそこにあって、地球とそこに住む人と自然を照らしていた。
空にどこまでもひろがってゆく宇宙空間であったけれど、ぼくにとっては「根」のように感じるものである。
「根をもつことと翼をもつこと」という人の根源的な欲求において、月と月明かりは、翼をひろげてゆくイメージがありながら、しかし、どこにいてもぼくたちを照らし出してくれる<存在>として、ぼくにとっては「根をもつこと」でもある。
ここ香港は、100万ドルの夜景と言われてきた土地柄、「明るさ」に満ちているところである。
しかし、もちろん、香港でも、月はその<存在>の力を放っている。
香港の「明るさ」をつきぬける仕方で、月明かりは香港を照らす。
気がつけば、今日8月7日は「立秋」である。
「中秋節」の足音が聞こえ始める。
ただ、「中秋節」は今年は少しカレンダーの後ろにゆき、10月のはじめである。
香港で、月餅と共にお祝いをする大切な日である。
そこに向けて、月は一層、美しさと存在感を増してゆく。
雲がゆっくり動きながら、隠れていた月が、またあらわれる。
こんなときは、部屋の電気を消して、月明かりに照らされる世界に浸る。
ただ電気を消すだけで、世界が一変するのだ。
こんなにも簡単に、世界は変わる。
「アースデイ」(の消灯キャンペーン)に頼ることなく、そのような呼びかけに肩をおされなくてもいい。
月が出たときに、少しだけでも、電気を消すだけだ。
環境主義・倫理主義でもなんでもなく、ただ月明かりを楽しむために。
明日の満月の日には、そのことをもう少し書こうと思う。