香港で、香港文化博物館の『八代帝居:故宮養心殿文物展』(2017年6月29日ー10月15日展示)を訪れる。
中国の清代において、八代にわたる皇帝が住居とした「養心殿」の文物展だ。
「養心殿」(Hall of Mental Cultivation)は、中国の明代に、北京の紫禁城(故宮)に1537年に建設された建物である。
展示は、「養心殿」の家具などの文物などにより、「養心殿」を再現している。
展示を見ながら、ぼくが高校時代に習った「世界史」に出てきた「清代の皇帝たち」を「養心殿」に見ているようで、とても不思議な感覚を味わうことになった。
ぼくが北京の紫禁城(故宮)に足を運んだのは1994年、そのときの風景も思い出しながら、ぼくは「歴史の世界」を楽しんだ。
「養心殿」(Hall of Mental Cultivation)の「養心」は、『孟子』にある「養心莫善於寡欲」(”Leading a frugal life is the best way to cultivate the mind”)から来ているという。
明代には皇帝は時おりの滞在にしか使っていなかったところ、清代になって皇帝の住居、また執務室として使われるようになる。
清の雍正皇帝(1678 - 1735)が「Home Office」として使い始め、乾隆皇帝、嘉慶皇帝、道光皇帝、咸豐皇帝、同治皇帝、光緒皇帝、そして「ラストエンペラー」の宣統皇帝にわたる八代の皇帝たちに大切にされてきた養心殿。
養心殿の構造は次の通りである。
【中心】
「正殿明間」(Central Hall):皇帝が大臣たちと話し合いをしたり、官員が皇帝に謁見する間
【西側】
「西暖閣」(West Warmth Chamber):日々の執務などを行う執務室(*ブログ写真)
「三希堂」(Room of Three Rarities):乾隆皇帝の書斎
【東側】
「東暖閣」(East Warmth Chamber):宮廷の画家や彫刻家などの仕事場、元旦の筆書を執り行う場
「垂簾聴政」(Empress dowagers as regents behind the curtain):清の後期における摂政皇太后の間
展示では、この「養心殿」の構造が再現され、順番に見ていくことができる。
入り口から入って、まず目の前にひろがるのが「正殿明間」(Central Hall)。
重要な文化財であるため、セキュリティ・ガードが数名、「正殿明間」(Central Hall)を囲むようにして、見守っている。
この椅子に、清代の皇帝たちが座っていたところを想像するだけで、不思議な感覚をぼくは覚え、心がゆさぶられる。
「正殿明間」(Central Hall)から、「西暖閣」と「三希堂」にまわる。
この机で戦略が練られ、執務が執り行われていたことに、歴史の想像力がかきたてられる。
雍正皇帝はこの時代に夜遅くまで働き、睡眠時間は4時間に満たなかったというから驚きだ。
西側から、今度は東側に位置する「東暖閣」と「垂簾聴政」にまわっていく。
なかなか思い出せない映画『ラストエンペラー』の風景を、感覚として想像する。
それは、また、ぼくを不思議な感覚の中につれていく。
いろいろな展示物それぞれに魅せられながら、中でもぼくが魅せられたのは「鏡」であった。
清代の、大きな鏡。
その大きな鏡に自分の姿をうつしてみる。
鏡は、ぼくの姿を確かにうつしている。
清代にこの鏡に姿をうつしていたであろう人たちの内面に入っていくような感覚を覚える。
皇帝がこの鏡をのぞきこんでいる姿を想像し、ぼくはそれを見ているような不思議な感覚もわきあがる。
ぼくは、この「鏡」に魅せられてやまなかった。
鏡のもつ不思議な力が作用したのかもしれないけれど、先日読んでいた「鏡の中の自己=他者」という、社会学者の大澤真幸の論考も作用したのかもしれない。
「社会の起原」を追う大澤真幸は、「鏡像による自己認知」ということに注目する。
「鏡像による自己認知」は「他者体験」ときわめて深い関係があること、である。
発達心理学的な研究は、人間の赤ちゃんが1歳半から2歳程度の年齢に至るときに、鏡に映った像が自分であることを明確に理解するようになることを伝えている。
他方、「動物」はと言うと、鏡像の自己認知は非常に難しいようだ。
ただし、チンパンジーは一定の年齢に達すると認知ができるようになるという。
しかし、ある研究者は、チンパンジーが他個体から隔離されて育てられた場合に自己認知できないことを発見する(今日では実験は「非人道的」として実施できないという)。
さらに、3個体のチンパンジーに行ったこの実験の後に、2個体は「同じ部屋に同居」させ、1個体は「隔離させたまま、しかし他の2個体を見ることができる」ようにした。
結果は、前者の2個体は鏡像による自己認知が可能になったが、後者の1個体は自己認知ができなかったという。
大澤真幸は、この実験結果が含意することとして、次の二つのことを明示している(『動物的/人間的:1. 社会の起原』弘文堂)。
- 鏡像による自己認知が可能になるのは、他者の存在、他者についての経験の不可欠性
- その経験は他者を外から「見る」ということだけでは不十分で、身体的な直接の接触を含む、他者との実質的な相互作用がなければならないこと
大澤真幸はそして、次のように語っている。
鏡に映った自己を見るということは、自己の自己への関係であるように見える。しかし、その自己関係の前提として、他者との関係が、つまりある種の社会的体験が必要なのだ。他者との関係が、どこか魔術的な仕方で、自己への関係と転移してきたかのようだ。…
繰り返せば、鏡によって自分の顔を見る体験は、他者の顔を見る体験を前提にしている。それこそ、エマニュエル・レヴィナスが哲学的な思索のすべてを賭けて、その秘密を解き明かそうとした体験であろう。おそらく、そこに<社会>を構成する最小の要素が、つまり<社会>の原基(エレメント)がある。
大澤真幸『動物的/人間的:1. 社会の起原』(弘文堂)
鏡に映る自己はもちろん自己であるのだけれど、この能力の獲得という原初の過程において、ぼくたちは「他者」を経験し、媒介にしている。
「養心殿」の鏡を前にしながら、そしてそこに映る自分を見ながら、ぼくはそのようなことを考える。
でも、そのような考えをとびこえるようにして、その「鏡の体験」は、ぼくを不思議な空間になげこむことになった。
清代にこの鏡を通して、人は何を見ていたのだろう。
そして、ぼくは、この鏡を通して、今何を見ているのだろう。
鏡の前に立ったときの感覚は、まだぼくの身体に残っているのを感じる。