香港で、「箸の置き方」をかんがえる。- 「縦向きに置かれる箸」に文化と歴史を見る。 / by Jun Nakajima


香港で、広東料理などのレストランに行くと、テーブルには箸(はし)が二膳、縦に置かれる/置かれている。

二膳の箸はそれぞれ色が異なっている。

外側のある箸は大皿から料理を取り皿に取るためにあり、内側に置かれた箸で料理をじぶんの口に運ぶ。

それぞれの料理ごとに取り箸があるのではなく、それぞれに置かれている方式は、それはそれで合理的かつ便利でもあって、その方式にすっかりぼくは慣れてしまっている。

ただ、そもそも箸は、なぜ「縦に置かれる」のかということについては、箸が日本で使う箸よりも長いことから、あまり気にしていなかった。

 

張競の著書『中華料理の文化史』(ちくま新書、1997年)を読んでいたら、第六章が「箸よ、おまえもかー宋元時代」と題されていて、「箸はなぜ縦向きに置くのか」ということが追求されている。

日本では箸を横向きに置く。

香港も、中国本土も、箸は縦向きに置かれる。

この「違い」の起源に、張競は仮説をたてながら、研究をすすめていったという。

箸はそもそも中国から日本に伝わってきたものであり、そこから考えると、なぜ日本人は箸を「横に置いた」のか、というように問いが立てられる。

しかし、張競はこれとは逆に、「日本で箸を横向きに置くのを見て、中国も古代はそうだったかもしれない」(前掲書)というように、仮設を立てる。

文献調査をあきらめていたところ、張競の調査研究の道をひらいたのは、「壁画」であった。

唐代の壁画が見つかり、宴会の場面にて、箸が「横向きに置かれている」ことを、張競はいくつかの壁画から確認することで、少なくとも唐代までは中国も箸を横向きにおいていたことを確証する。

 

そうだとすると、いつから、横向きに置く箸は縦向きに置かれるようになったのか、またその契機はなんであったかが問われてくる。

張競はさらに壁画や絵巻などを調査研究するうちに、宋代、遅くとも元の時代には、箸を縦向きに置くことは定着していたと考えられるという。

それではその「契機」として、張競が着目しているのは、唐と宋の時代のあいだに位置する「五代十国の激動の時代」である。

その時代には、北方の騎馬民族がやってきては、王朝を打ち立てていった。

これら民族は、肉を主食とし、「ナイフ」を使う。

食事のときには、ナイフは刃先をじぶんとは逆の方向に、縦向きに置くことになる。

その際に、皇帝をはじめ騎馬民族の高級官僚は無意識のうちに、箸を縦向き置いたのではないかと、張競は書いている。

 

「中国ではもともと箸は横に置かれていたこと」、また「箸を縦向きに置くようになったこと」にかんする時代の特定(宋代)は、壁画や絵巻などから確証できるものでありながら、ナイフの置き方に影響されたという「契機」については、張競の推測が入る。

それでも、この変遷と現代への文化のつらなりは、興味をひくものである。

また、張競は、箸だけでなく、「椅子とテーブル」の使用についても視点をひろげていき、壁画や絵巻などから見ると、宋代のはじめにに現在とほとんど変わらないような状況になったことを突きとめている。

 

いつも見ているテーブルの風景が、このようにちょっとしたことで、色合いが変わってくる。

なんでもない風景が、意味と物語を帯びてくる。

また、そのようなちょっとした視点が、箸だけではないものに飛び火して、好奇心の光源がひかりだしてくる。

異文化という異なる空間(地理)と文化のつらなり、またそこに積みかさなっている時間(歴史)を感じる。