香港歴史博物館の特別展示「An Age of Luxury: the Assyrians to Alexander(豪華・贅沢の時代:アッシリア人からアレキサンダーへ)」(2018年5月9日~9月3日)で展示品の中に、貨幣経済の発祥地リュディア(Lydia)で製造された「硬貨」があった。
紀元前600~550年における初期の硬貨である。
それから2500年以上が経過しているけれども、世界では硬貨がふつうに流通している。
もちろん、ここ香港でもふつうに使われている。
香港の「硬貨」はというと、10セント、20セント、50セント、1ドル、2ドル、5ドル、10ドルがある。
ぼくは、少し前に、香港に住んでいる10年間に溜めてしまっていた「10セント、20セント、50セント」を使うことにした。
第一になるべく現金を使わないようにしていこうと思ったこと、また第二に家にあるもので「使わないもの」をなくそうと思ったことを理由に、手持ちの硬貨、とくに「セント」を使いきることにした。
それほど多くはなかったけれども、それでも、1ドル以上の硬貨ならまだしも、セントを使いきるのにはそれなりに時間がかかった。
お店によっては現金しか受けつけてくれないお店もあるので、いまでもときどき硬貨のお釣りをもらうことになるが、ほぼ硬貨のない暮らしになった。
ところで、香港に住んでいて「硬貨」が溜まってしまったとき、使いきったり街頭のチャリティに募金をすることもできるけれど、「香港金融管理局」(Hong Kong Monetary Authority)による「硬貨収集プログラム」(Coin Collection Programme)を利用することもできる。
このプログラムのもとに、硬貨収集の窓口を内装する車両「Coin Cart」が、スケジュールにしたがい香港の各地に現れることになる。
車体には、さまざまなコインが描かれていて、見ればすぐにわかる。
街を歩いていて、ときおり、その姿が目にはいってくる。
利用の仕方は、ホームページにも掲載されているし、「Coin Cart」の入り口にも注意書きがおかれている。
変換可能なコインの種類、利用規則などが決められている。
たとえば、1人あたり「10KG」までと決められている(それにしても10KGは相当な量だ)。
両替は現金で受け取ることもできれば、現金でない仕方で受け取ることもできる。
とても便利なサービスで、ぼくが目を留めている間にも、幾人かの人たちが中に入っていって、両替をしていた。
でも、結局、ぼくはこのサービスを利用する機会はなかったし、またこれからも利用することはないだろう。
ぼくは、一気に両替してしまうよりも、実際に硬貨を使うことを楽しみながら、ほぼ硬貨を持たない生活に変えていった。
それは、生活の仕方を変えていくための儀式のようなものであった。
かつて、リュディアの地で貨幣経済が発祥し、それが全世界に浸透し、どこまでも地球を覆っていくことで、「現代」という時代にまでやってきた。
そして、この「貨幣経済」が大きな転換点を迎えている。
「現金」という形での貨幣は、硬貨を含め、近い将来にはその姿をなくすか、あるいは最小限のものとなるか、また異なる姿へと変身してゆく移行期間に、ぼくたちはいる。
そうなれば、「Coin Cart」のような車両も見ることはできなくなる(あるいは硬貨の歴史をとじるための回収・収集を担うかもしれない)。
リュディアの硬貨が博物館に収められたように、「Coin Cart」も博物館に入ってしまうかもしれない。
まるで、未来からやってきた者たちが観るような仕方で、ぼくは「Coin Cart」を眺めていた。