海外にいると、人びとの「生き方」が気になる。- 河合隼雄のエッセイ「幸福の条件」を読みながら。 / by Jun Nakajima

心理学者・心理療法家の河合隼雄(1928ー2007)は、1990年代の新聞の連載のなかで、つぎのように書いている。


…外国に行くと、そこの国の人びとの生き方が気になる。私の職業が人間の生きることに密接に関連しているので、他の文化の人がどんな生き方をしているか知りたくなる。…

河合隼雄『河合隼雄の幸福論』(PHP研究所、2014年)※『しあわせ眼鏡』(海鳴社、1998年)の復刊


ちょうど中国に行ってきたという時期に、当時の中国の人たちの生き方にふれながら、この文章が書かれている。

1990年代半ばに、ぼくもはじめて中国を旅した。大学に入学してから迎えるはじめての夏休みに、ぼくは中国を旅したのであった。はじめての外国でもあった。

ぼくの「海外」は、ここからはじまった。

フェリー(鑑真号)で横浜を発ち、三泊四日かけて上海にはいった旅は、今から振り返れば、その後のぼくの人生をあきらかに変えるものであった。

河合隼雄のように心理学を学んでいたわけではなく、大学では中国語・中国文化を学んでいたぼくであったのだけれど、ぼくも、訪れた国の人たちの「生き方」が気になった。ぼくは、当時から、「人間が生きる」ということに、深い関心をもっていた。

生き方を見つめるということにおいて、短い旅のなかでは限度があるにはあるのだけれど、旅だからこそ見えるところもある。ぼくはそう思っていたし、いまでもそう思う。

それから、旅にかぎらず、ニュージーランドに住み、西アフリカのシエラレオネ、東ティモール、そしてここ香港で暮らしながら、やはり、人びとの「生き方」に、ぼくは関心をもってきた。

だから、ときにしげしげと人を観察してしまうこともあるし、また、友人や知り合いについダイレクトに聞いてしまうこともある。


生き方ということと関連して気になるのは、「しあわせ」ということである。

もちろん、国や場所にかかわらず、人間としてのしあわせということであるのだけれど、それが、じっさいに、具体的に、どのように生きられているのか、そんなことに、ぼくの関心は向けられてきた。

より正確には、普遍的なしあわせがどのように生きられているかということとともに、その逆に、じっさいにじぶんの眼でいろいろな生き方を見つめながら、普遍的なしあわせを確かめることでもあった。


ところで、河合隼雄は冒頭の文章のまえに、つぎのように、この短いエッセイを書き始めている。エッセイは「幸福の条件」と題されている。


 人間が幸福であると感じるための条件としてはいろいろあるだろうが、私は最近、▷将来に対して希望がもてる ▷自分を超える存在とつながっている、あるいは支えられていると感じることができるーーという二点が実に重要であると思うようになった。
 物がないとか、親しい人を亡くしたとか、いろいろと不幸なことがあっても、前記の二点が充たされていると幸福と言えるし、この逆に物がたくさんあったり、地位があったりしても、前述の幸福の条件がそろっていないときは、幸福と言えないようである。

河合隼雄『河合隼雄の幸福論』(PHP研究所、2014年)


「最近」というのは前述のように1990年代のことであり、この本のエッセイが連載されていた時期は、1995年の阪神大震災と地下鉄サリン事件が起こった時期でもあった。ぼくのなかにもたくさんの「疑問・問い」が生まれていた時期であった。河合隼雄はそんな時期に、この「幸福の条件」を書いた。

この時期から20年以上が過ぎたが、「幸福の条件」というトピックは色あせるどころか、いっそう問われるべき時代にいるように、ぼくは思う。

そんな時代に、「幸福の条件」として挙げられた二点をひきうけながら、じぶんなりに考えてみるのもひとつだと思う。


● 将来に対して希望がもてること 
● 自分を超える存在とつながっている、あるいは支えられていると感じること



これら二点を見つていると、ぼくのなかにも、いろいろと「考え」が浮かんでくるのである。