1995年、香港で撮影した写真を見て。- あのときの心象風景を感覚しながら。 / by Jun Nakajima

先日、写真の整理整頓をしているときに、どこかにまぎれて所在がわからなくなっていた写真が出てきた。

「夜のマクドナルド」の写真。1995年、香港で撮影した写真である。

1995年、ぼくは大学の夏休みに、香港にいた。

成田空港からユナイテッド航空で香港に飛び、そこから中国の広州に行き、そこからベトナムに飛んだ。2週間ほどの一人旅で、ベトナムからふたたび広州、そして香港に戻る、というルートであった。

「夜のマクドナルド」の写真は、この旅の、初日の夜に撮影したものだ。

「撮影した」と言っても、当時はデジタルカメラなどはなく、使い捨てカメラを片手に撮影したもので、またじっさいの風景をきりとるというよりも、じぶんの心象風景をきりとろうとしたものであった。


初めての飛行機での旅は、この1995年の香港であった。

夜遅くに、以前の国際空港であった啓徳空港に到着したぼくは、バックパッカーたちが泊まる「重慶大厦」を目指し、あまりよくわからないままに、バスに乗車した。数人のバックパッカーたちが乗車するバスに乗り、彼(女)らが降りるところで、ぼくも降りた。

今であれば、行き先や行き方を適切に知ろうとするだろうし、あるいは声をかけていろいろと聞いたりするだろう。でも、そのときのぼくは、そのように振る舞うことをしなかったし(できなかったし)、なんとなく、ひとりで、じぶんのアンテナのゆくままに行ってみたかったのかもしれない。

そんなわけで、数人のバックパッカーたちが降りる場所で、ぼくもバスを降りて、夏の蒸し暑い香港の街のなか、「重慶大厦」を探すために歩くことにした。

しかし、一向に見つからず、時間だけが過ぎてゆき、時刻は夜中の12時を回っていた。途方に暮れながらも、ぼくは「対策」を練ることにし、そのとき、ぼくは、マクドナルドを見つけたのであった。

普段、東京ではマクドナルドはほとんど行かなかったのだけれど、香港のマクドナルドを見つけ、「知っている場」としての安心感を得ることができた。今ではなんでもないことのように思ってしまう出来事も、そのときは、ほんとうに安堵したことを感覚として覚えている。そして、そこで場所の目処をつけ、ぼくはふたたび、夜中の香港の街にくりだしてゆく「力」を得たのであった。

こうして内からわきあがる「力」を得て、マクドナルドをあとにし、その「心象風景」を写そうと、ぼくは、「夜のマクドナルド」にカメラを向けたのである。

「夜のマクドナルド」の写真は、そんな写真である。

なお、その夜は、そのあと、ほんとうに不思議な力にみちびかれてゆくように、ぼくは「重慶大厦」にたどりつき、そのなかの宿のひとつに、泊まることができた。


1995年から12年後の2007年から、ぼくは香港に住むことになる。

「夜のマクドナルド」で途方に暮れていたときは、そんなことはまったく思いもしなかったことである。

「重慶大厦」は、香港のチム・サー・チョイというところに、今も健在だ。そのチム・サー・チョイは以前の仕事場があったところでもあり、ほんとうに多くの時間を過ごしてきたところである。

でも、あの「マクドナルド」は、存在していないようだ。

じっさいに、あの「マクドナルド」がどこにあったのかは、ぼくは大体の感覚しかもっていないのだけれど、香港に住むようになってからチム・サー・チョイ界隈を探してみても、あの「マクドナルド」を見つけることはできなかった。

そんな香港も、住むようになってからほぼ12年が経つところである。

あの「マクドナルド」を現実には見つけることができなかったけれども、そのあいだに、ぼくはじぶんのなかに<別のもの>を見つけることができたように思う。