武術家の甲野善紀(こうのよしのり)。
アジアを旅し、ニュージーランドに住んだのちに、「身体論」ということに関心をもちはじめていた2000年頃に、ぼくは武術家甲野善紀の名前を知り、著作を手に取った。
武道や武術をするわけでもないぼくは、それでも「身体」ということにひかれ、甲野善紀にたどりついたのであった。
名前をどなたかの著作で知り甲野善紀の本を取ったのか、あるいは著作を手に取って甲野善紀の名前を知ったのかは、正確には覚えていない。
また、どの著作を最初に手に取ったのかもよく覚えていないけれども、養老孟司と甲野善紀の対談の本(『自分の頭と身体で考える』)を手に取ったことを、ぼくは覚えている。
いずれにしろ、ことばのなかに、探求者であり、芯の通った、凛とした響きを感じたものだ。
甲野善紀を尊敬する思想家・武道家の内田樹は、甲野善紀『武術の新・人間学』の文庫版解説(「ご縁の人・甲野先生」)を書いていることを他の著作で知り、そこで語られることばに、ぼくは惹かれる。
甲野善紀の武術稽古の始まりには、「人間は自由か、それとも宿命に操られているか」という問いがあったことに、内田樹は照明をあてながら、つぎのように書いている。
人間は自由なのか、それとも宿命の糸に導かれているのか?
それについて甲野先生がたどりついた答えは『人間は自由であるときにこそ、その宿命を知る』ということであった。私はこの洞見に深い共感を覚えるものである。
自由と宿命は『矛盾するもの』ではなく、むしろ『位相の違うもの』である。ほんとうに自由な人間だけが、おのれの宿命を知ることができる。私はそのように考えている。
内田樹・釈撤宗『いきなりはじめる仏教入門』(角川ソフィア文庫、2012年)
「人間は自由か、それとも宿命に操られているか」という問いは、古今東西、さまざまに問われ、回答が試みられてきたものである。
しかし、問いそのものの違和感と回答の歯切れのわるさのようなものを感じることがよくあり、ぼくはそもそもの問いの立て方に無理があるように思ったりしていた。
そのことを、『位相の違うもの』として捉える内田樹の思考に、ぼくも同じことを考えつつ、「ほんとうに自由な人間だけが、おのれの宿命を知ることができる」ということばに慧眼を見る。
なお「自由」などということばは、とかく観念論の深みにはまっていってしまいがちなのだが、武術や武道という「身体」というものが、ある種のストッパーとして、観念の罠から距離をつくっているように思う。
内田樹は、さらに、つぎのように書いている。
…自由であるというのは、ひとことで言えば、人生のさまざまな分岐点において決断を下すとき、誰の命令にも従わず、自分ひとりで判断し、決定の全責任を一人で負う、ということに尽くされる。
他人の言葉に右往左往する人間、他人の決断の基準を訊ねる人間、それは自由とは何かを知らない人間である。そのような人は、ついにおのれの宿命について知ることがないだろう。
おそらく甲野先生が『運命の定・不定』の問題についてたどりついた答えは、そのような決定的に単独であることを引き受けた人間にだけ、宿命は開示されるということではないか、と私は解釈している。…
内田樹・釈撤宗『いきなりはじめる仏教入門』(角川ソフィア文庫、2012年)
この文章はこれにつづいて「ご縁」ということにつなげられてゆくのだけれども、その手前のところで、「自由」ということばを具体化することにより、「ほんとうに自由な人間だけが、おのれの宿命を知ることができる」ということの意味をいっそう鮮明にしてくれる。
なお、この文章は宗教学者の釈撤宗に宛てられたものであり、のちに、釈から内田樹に返信された文章にあるように、別のことなる光をいろいろな角度からあててゆくこともできる(が、ここではこれ以上立ち入らないことにする)。
自由と運命・宿命という関係性は、だれも(おそらく)「正しい」回答を提示できるものではないし、だれも(おそらく)それぞれの論拠を「証明」できるものでもない。
それでも、人にとって、自由だとか、運命・宿命だとかの「位相」は、生きる道ゆきのなかで、とても「切実なこと」として現れてきたりするのであって、それら「切実さ」に寄り添いながら、じぶんのものとして、じぶんの「生きかた」のなかに獲得してゆくことばであるように思う。
甲野善紀のことば、内田樹のことばから、そのようなことを学び、かんがえさせられる。