1996年、ぼくは、ニュージーランドの北島の北端レインガ岬を出発地点に、歩いて南下し、北島の中心に位置するオークランドに向けて歩いていた。
ニュージーランド徒歩縦断の計画の第1フェーズであった。
今現在においてグーグルマップで調べてみると、レインが岬からオークランドまでの距離は最短で423キロ。
東京ー大阪間に少し満たないほどの距離である。
当時はグーグルマップなどなく、またスマートフォンもなかったから、ぼくは地図とコンパスを手に、あとは「標識」を手がかりに、歩いていた。
ぼくの体調やメンタルの状態は日々異なるし、また外部的な環境も日々異なる。
そんななか、ペースがあがらなくても、体調がすぐれなくても、雨のなかを歩くときでも、とにかく一歩一歩、足を前に進めていれば、オークランドへと近くなっていく。
歩く道ゆきは国道のハイウェイであることが多く、だからそれほど複雑な道のりではないのだけれど、ときにそれは入り組んでいて、目指している方向からそれてしまうこともあった。
そのことに気がつくときは、「やってしまった」という思いがのしかかる。
車や自転車などの旅と異なり、気づいたら引き返してとか、気にせずに遠回りしてというように簡単にはいかない。
重いバックパックを背にしているし、その影響もあって、ぼくの足、とくに足の裏への負担がとても大きい。
また、街から街へ向かう距離と日数を算定して、(重くなるのでできるだけ少量の)食料や水を用意しているから、街から街の「間」における予定がずれることは、できるだけ避けたい。
そんな状況で、ときに道をまちがえてしまったり、地図と実際の道の状況の違いから立てた予定がずれてしまう。
それでも、ぼくは、道すがら、じぶんに言い聞かせる。
「進んでいれば…」と。
そうして、一歩一歩、歩を前に前に進めていく。
とてもあたりまえのことだけれど、歩を進めていれば、オークランドに近くなっていく。
そのことは、道の「標識」に「Auckland」の文字をよく見るようになることで、わかる。
最初の頃は、次の街などが表示されていたところに、「Auckland」の文字を見るようになっていく。
そして、やがて、オークランドを一望できるところにさしかかる。
レインガ岬からの「一歩一歩」が、ここまで、ぼくをつれてきてくれたのだ。
レインガ岬を出発してから、3週間が経過していた。
一歩一歩、少しずつでもいいから、前に向かって歩んでいれば、ぼくたちは、それまでに思いもしなかったところまで行くことができる。
一歩一歩に物語がつまっていて、そして、目的地に到達するころには、「歩いた」という事実以上に、ぼくたちの「何か」が変わることもある。
旅の前まで半年ほど住んでいた「オークランド」は、一歩一歩の旅のあと、それまでの「オークランド」とは違って、ぼくの眼にうつっていた。