ニュージーランドに、マオリ語で歌われる「Pokarekare Ana」という曲がある。
ぼくの好きな曲だ。
伝統的なスタイルで歌われる「Pokarekare Ana」も、あるいはクライストチャーチ(ニュージーランドの南島にある街)生まれのHayley Westenraが歌う「Pokarekare Ana」も、それぞれに味がある。
ネット検索でざっと見ていると、この曲の「オリジナル」は明確ではないようで、第一次大戦頃に生まれ、いろいろな人たちのアレンジが加わって、今のような形になってきたようだ。
ぼくがこの曲に出逢ったのは、今から20年ほど前になる1996年。
ニュージーランドの北島にあるロトルアという街においてであった。
大学2年を終えたところで休学し、ワーキングホリデー制度を利用して、ぼくはニュージーランドに降り立っていた。
オークランドに降り立ち、その後の滞在計画を練りながら、「これ」というものが見つからずに、ぼくはロトルアに行ってみることにした。
ロトルアは北島の中間あたりに位置し、温泉で有名な街である。
街全体が硫黄のにおいで充満しているほどである。
ニュージーランドが秋に入ってゆく時期の、とてもよく晴れた日に、ぼくはロトルアに到着した。
そこで、マオリ族の人たちが伝統的な歌と踊りを披露していることを知り、星々がひろがる夜空のもとに悠然とたたずむ木造りの小屋に、ぼくは足を踏み入れた。
マオリ族の伝統的な建物である。
10名ほどのマオリ族の人たちが伝統的な衣装を着飾り、伝統的な物語を素材に、歌と踊りで物語にいのちをふきこんでいく。
フォークギターがその背景に音楽を奏でる。
ラグビーのオールブラックスが試合前に行うことで有名になった「Haka」もそのひとつとして披露された。
後半も終わりに近くであっただろうか、とても美しい調べの歌が小屋にひびきわたる。
凛とした空気のなか、凛とした歌声がきれいに風をきっていくような響きだ。
その曲の調べと美しい歌声のひびきは、いつまでも、ぼくのなかでこだましていた。
小屋の外に出ると、しずかな夜風がぼくにふれた。
その曲が「Pokarekare Ana」という曲だということを、後にぼくは知る。
帰り際に、会場の入り口で、つい購入してしまったカセットテープによって。
そして、ぼくは、ときにこの曲がとても聴きたくなる。
新しい曲たちもいいけれど、「伝統」の曲たちもいいものだ。
新しさと古さの分断線を、この曲は風をきっていく美しさで、気にする風情なくのりこえていくように、ぼくにはきこえる。